
家督を継いだ井伊直継は大阪冬の陣に参陣できず 弟の井伊直孝が出陣して功績を上げたことから井伊家の当主となり徳川家光の後見役として家光・家綱を補佐し重要な役目を担いました また井伊家は徳川幕府の中枢として井伊直興・直幸・直亮・直弼の4人が大老職に就きました 井伊家が徳川幕府の重臣として260年一度の国替えもなく譜代大名の筆頭として務めたものです
井伊家が治めた彦根藩彦根城は 現在の滋賀県彦根市金亀町にあり 石田三成の佐和山城の西方琵琶湖岸に建てられました 当時の東山道(中山道)・北陸道(北国街道)・琵琶湖水運と要衝の地であり徳川最大の軍事拠点として機内・西国勢力への押さえの役割を果たしました
1858年江戸時代末期 井伊家13代当主井伊直弼が大老に就きます 関ケ原の戦いから260年黒船来航により諸外国に目を向けた井伊直弼 それに反する一派 真の目的は次期将軍の座争いであったのか 井伊直弼が行った安政の大獄と言われる反勢力への弾圧で反発を招いたのか1860年3月井伊直弼が襲撃され死亡しました桜田門外の変です 井伊直弼が死亡したことにより反勢力が幕府を担い井伊家彦根藩は領地を減らされました 彦根藩は禁門の変・天誅組の変・天狗党の乱・長州征討と幕府に尽力したが報われなかったことからか井伊直弼の名誉を回復できるのは勤王と考え1867年大政奉還後彦根藩は幕府側ではなく新政府を支持し戊辰戦争にて戦功を上げ井伊家は華族(伯爵)となりました また16代当主井伊直愛は9期にわたって彦根市長を務めました 時の人井伊家そして一期一会を愛した井伊直弼 時の風を感じる
彦根城へ行ってみた
天下人に仕え 時代を超えてきた井伊家彦根藩 時の風を感じに いざ彦根城へ
彦根城(国宝)






彦根城は

月明かりに浮かび上がる古城彦根城は人々に歴史の重みと時の風を感じさせてくれています

佐和口多聞櫓・・重要文化財
馬屋・・・・・・重要文化財
天秤櫓・・・・・重要文化財
太鼓門櫓・・・・重要文化財
天守・・・・・・国宝
西の丸三重櫓・・重要文化財
となっています

歴史
1582年 信長死亡
1582年 光秀死亡

1598年 秀吉死亡
※井伊家
1600年 関ケ原の戦い「井伊の赤備え」
1602年 井伊直政没(初代井伊家当主)
1606年 佐和山城廃城
1614年 大坂冬の陣出陣(井伊直孝 井伊家2代)
1616年 徳川家康駿府城にて没
1697年 井伊直興大老に就く
1850年 井伊直弼藩主
1853年 ペリー来航
1858年4月 井伊直弼大老に就く(井伊家13代)
1858年6月 日米修好通商条約調印?
1858年8月 戊午の密勅(井伊直弼と対立する水戸藩へ)
1858-1859 安政の大獄(幕府反勢力を処罰)
1860年3月 桜田門外の変(大老井伊直弼桜田門外で襲撃され死亡)
1867年 大政奉還
1868年 戊辰戦争(明治2年)
1871年 廃藩置県
1884年 井伊家は華族(伯爵)となる
詳細は 彦根城博物館 https://hikone-castle-museum.jp/ 参照
会員 K.I.様投稿